HESOコミュニティモデル
プロジェクトのはじまり
金沢大学附属幼稚園では、年長児を対象とした自然教育プログラム(里山プロジェクト)に取り組んでいます。
はじまりは、平成25年度から2年間、「金沢大学里山ゾーンを活用した幼児向け自然教育プログラムの開発」(以下、里山プロジェクト)として、年8回、自然体験活動を実施したことでした。このプロジェクトを通じて、園児たちの学びや成長など教育効果を実感し、さらに平成28年度から4年間、金沢大学や地域と連携した特色ある取り組み(Good Practices)の研究――同大附属校園連携GPとして、幼児の自然体験教育プログラムの開発を行いました。
幼児教育における自然体験活動の意義が明らかになったこと、さらには在園児の保護者からの要望もあり、いしかわ自然学校インストラクター、角間里山メイト(「角間の里」周辺で農業や里山の保全活動など行う市民グループ)の協力のもと、活動を続けています。
園独自の自然体験教育プログラムを開発
角間キャンパス内の里山ゾーン活用の一環としてスタートし、10年にわたって続けてきた里山プロジェクト。同園の西多由貴江園長は次のように話します。
「里山での自然体験を通して、子どもたちの成長や良い変化をとても感じますし、私たち教員にとっても多くの学びがある良い活動だなと。自然と関わることでの多くのメリットを実感し、活動を続けています」
<幼児の自然体験教育プログラムのイメージ(図)>
令和元年頃から、角間の里山ゾーンにおいて熊の出没や目撃情報が相次いだことで、幼児の活動が行えなくなり、現在は、夕日寺健民自然園を利用した里山散策などの自然体験活動や、金大の敷地内の田んぼを利用しての稲作活動を年間プログラムの中で行っています。
里山プロジェクト実施にあたり、幼稚園の教員、いしかわ自然学校インストラクター、里山メイトのメンバーが、それぞれの専門性を活かし幼児にとって意義のある活動になるよう、活動の内容やねらい、役割、さらに安全対策についても話し合ってきました。活動後には振り返りを行い、次回の自然体験プログラムに反映させながら、園独自の自然体験プログラムを考えてきました。
「今は、夕日寺健民自然園と田んぼの活動をメインに、年8回、活動しています。また、立山の青少年自然の家でのお泊り保育の行事もあります。夕日寺の活動は、いしかわ自然学校で行っているプログラムと、私たち幼稚園が望む教育のねらいを合致させた内容を考えながら、活動を続けてきました。自然が相手なので、プログラムは毎回、同じようにできるわけではありませんが、毎年、そのときの状況に合わせて作り替えています」(西多園長)
▼年間プログラムの例(平成30年度)
4月 「里山散策」
5月 「田植え」
6月 「初夏の自然と触れ合う」
7月 「虫送り」
9月 「稲刈り」
10月 「脱穀」
11月 「秋の自然との触れ合い」
1月 「冬の自然との触れ合い 自然観察」
夕日寺自然園を利用しての里山散策では、最初は全員が同じコースを歩いていましたが、崖を登るなど思い切り身体を動かしたい子や、じっくり草花を観察したい子など、園児たちの興味関心はさまざま。発達の段階も異なります。そのため、現在は3種類ほどのコースを設定し、園児たちが自分で選択できるようにしています。
「いしかわ自然学校インストラクターの方が、最初にそれぞれのコースの目玉、特徴を説明してくださり、子どもたちがその日に行きたいコースを選びます。自分で選択して決めることで主体性も身につきます。教員たちも毎回、子どもたちと一緒に楽しんでいます」(西多園長)
田んぼの活動では、田植えから稲刈り、脱穀までを体験することで、園児たちは稲の成長や収穫の喜びを味わえます。7月の「虫送り」は五穀豊穣を祈る伝統的な儀式。園児たちは、自分たちで作った楽器を鳴らして、田んぼの周りを練り歩きます。
また10月「脱穀」では、千歯こきなど日本の古式の道具を教えてもらいながら使うなど、園児たちは貴重な体験を重ねています。
四季の変化を感じながらの自然体験活動
石川県では現在、里山を活用した自然環境教育の普及を目的として、県内の保育園や幼稚園を対象とした「里山子ども園」事業を実施していますが、本園の里山プロジェクトの特筆すべき点は、年間を通じて活動していることだと西多園長は言います。
「イベント的な活動で終わるのではなく、春、夏、秋、冬……年間を通じて夕日寺で活動することが、このプロジェクトの大きなメリットだと感じています。同じ場所に行くことで、季節の変化や、自分たちの自然との関わり方の変化にも気づくことができる。また田んぼは、年4回の活動を通して、田植えから稲刈り、脱穀まで経験します。できたお米は最後に幼稚園の餅つきでみんなで食べます。1年の流れの中での活動を通して得るものは大きいと考えています」
保護者や園児たちへのアンケート結果からも、活動の良さ、意義が明らかになっています。
例をあげると、保護者からは「普段の遊びでの汚れが気にならなくなった」「虫を怖がらなくなった」「年間を通した米作りを通じて、食べ物に対する理解や感謝の気持ちをもつようになった」「苦手なことにチャレンジするようになった」など、園児の変化を実感する声が届いています。田植えや稲刈り、崖登りなど、家庭ではできない貴重な体験や活動を積み重ねていくことで、園児たちの成長や、自然の草花や食べ物、人に対する関わり方が変わった、という声も出ているといいます。
園では、園児たちへのインタビューという形でもアンケートを取っています。西多園長は、園児たち自身が自分の成長を実感できていることに驚いたと振り返ります。
「最初は崖に登れなかったけど、何度もチャレンジしたら登れるようになった、とか、田んぼに入るのは気持ち悪いと思ったけど、平気になったとか……子どもたち自身が、以前の自分との違いを感じている。自然体験活動を通して、自分の変化や成長がわかる、できるというのは、すごいことだなと思います」
西多園長は、自然体験と「非認知能力」との関連も大きいと語ります。
「あきらめないで最後まで頑張ったら崖を登れた、崖が登れない友達が登れるように手伝ってあげた――そういった、自分ができるようになったことを言葉で表現できるようになっている。自然の中での体験を通して、やり抜く力や人と関わる力など、子どもたちは、さまざまな力を身につけることができている。その良さを実感しています」
里山の活動と日常の生活をつなげていく
里山プロジェクトでは、いしかわ自然学校インストラクターの木谷一人氏や角間里山メイトのメンバーとともに活動していることも、大きな利点だと西多園長は言います。
「インストラクターの方たちの豊富な経験や知恵を教えてもらいながら、こちらの意見も伝えて一緒にプログラムを作っています。田んぼの活動では、里山メイトさんたちから、昔ながらの道具の使い方を教えてもらいながら、貴重な経験ができる。里山メイトさんたちは、園児たちに日本の伝統的な農業を体験してほしい、伝えたいという思いでやってくださっている。一方的ではないWin-win(ウィンウィン)の良さがあると思います」
園としてさらに大切にしているのは、里山プロジェクトと、幼稚園の日常の活動をつなげること――。
「里山の活動と幼稚園の活動を切り離したくないので、例えば、田んぼの稲を幼稚園に持ってきてバケツで栽培したり、年間通じての活動を廊下に貼って振り返られるようにしたり。夕日寺でやったネイチャーゲームを幼稚園の園庭でもやることもあります。単発のイベントで終わらせるのではなく、日常の保育や生活とどうつなげていけるか、日々試行錯誤しています」
園では今後も、自然体験活動を年間プログラムとして計画的に実施し、幼児にとっての自然体験活動の意義を探っていきます。