HESOコミュニティモデル
プロジェクトのはじまり
民間の組織マネジメントの手法を学校現場に プロノイア・グループ社が伴走
組織やチームをよりよく運営するために組織マネジメントは欠かせないものの一つです。変化が大きく多様化する時代において、学校現場においても、さまざまな課題が複雑化・多様化する中、学校をよりよく運営していくためには「チームとしての学校」の力が必要で、学校のマネジメント力を見直し、強化していくことが求められます。
ただ学校という組織の中で、例えば教育目標に向けて効果的なリソースを配分することや、教員のマネジメントを行うことの難しさがあるのが現状です。
「学校の組織マネジメントは民間企業とは異なります。学校目標はあるものの、教職員一人ひとりがそこに立ち返る機会がなかったり、普段の教育活動の中で意識するのが難しい現状があります。また、本学でさまざまなプロジェクトを行う中で、研究の位置付けの軸を作ることが必要だという課題感がありました」
本学附属コラボレーション推進室の福田晃室長はそう話します。
金沢大学附属小学校では、さまざまな企業・組織の経営改革や組織開発、人材育成などのコンサルティングを行うプロノイア・グループ社のサポートのもと、民間の組織マネジメントの手法を取り入れ、2023年度より、学校組織マネジメント刷新プロジェクトに取り組んでいます。
プロノイア・グループ社代表取締役のピョートル・フェリクス・グジバチ氏は、モルガン・スタンレーを経て、Googleで人材開発、組織改革、リーダーシップマネジメントに従事した後に独立し、未来創造企業のプロノイア・グループを設立。ベストセラー『ニューエリート』(大和書房)などの著書でも知られています。
学校組織マネジメント刷新プロジェクトのベースとなっているのは、目標設定のフレームワーク「OKR(Objective and Key Results)」です。OKRは、組織が掲げる理念や目標に向けてObject(目標)を定め、達成するための条件をKey Result(主な成果)として考える手法で、Googleやメルカリなど多くの企業が導入していることでも知られています。
プロノイア・グループ[監修]ピョートル・フェリックス・グジバチ[著]ソシム株式会社(2019)
ただし、学校教育では、なかなか目に見える形でのObject(目標)やKey Result(主な成果)を数値化することは難しいのが現状です。企業で用いられているこの手法を学校教育版としてどうアレンジするかが大きな課題となってきます。
このプロジェクトについて本学附属小学校の盛一純平校長は、次のように話します。
「学校という組織は閉鎖的になりやすいところがあり、先生たちが独自の創造性を出したり、新たなことに挑戦する気概などが活かされづらいのではと感じていました。OKRの手法を通じて、先生たちがより円滑に業務に取り組めたり、もっと個々の独自性を出せたり、オープンに何かを作り出せるような職場になればいいなと考えています」
プロジェクトの価値
目標設定能力を磨けば 教育のレベルも上がる
アドバイザーとして本プロジェクトを支援するプロノイア・グループ代表取締役のピョートル氏は、学校現場にOKRのメソッドを取り入れることの価値について、次のように話します。
「学校は年間行事などが決まっていて、先生たちは多忙ですよね。担任を持っていれば授業もしなければいけないし、子どもたちとも向き合わないといけない。日々の業務に追われる中で、何のためにそれをやっているのか、先生たちが忘れてしまう可能性もある。しっかり目標設定した上で教育活動に取り組むことができれば、より子どもたちのためになると思います。OKRはボトムアップの目標設定ですが、その手法だけではなく、目標設定能力を磨いてもらえれば、さらに教育のレベルが良くなると思います。例えばPBL(Project Based Learning)であれば、子どもたちが自ら課題を見つけ、それを自ら解決しようとする。まさにOKRですね。先生たちが子どもたちと一緒に目標を立てれば、子どもたちも目標設定能力が身につきます。自律的な子どもに育つことにもつながるのではないかと思います」
同社COOの星野珠枝氏は、学校ならではのマネジメントの可能性について、次のように語ります。
「例えば民間企業であれば、権限は上にあり、マネジメントの構造も上から下におりていくことが前提の場合が多い。でも教育の現場は、教室という先生たちが権限を持てる場がある。そこは各先生の裁量に任されていますよね。分散型のマネジメントの可能性もあるのかなと。指導要領など従わないといけないものがある中で、個々の裁量を最大限、どう使っていくのか。OKRを進めていく中で、その余地があることに気づく先生もいらっしゃるのではないかなと。それぞれの裁量で動ける素地を活かしながら、最上位の教育目標に向かってどう進んでいくのか。途中経過を含めて、面白いマネジメントができるのではないかなと感じています」
このプロジェクトには一般企業も協賛というかたちで参画しています。参画企業のNTT西日本北陸支店の沢本佳久氏は、教育現場にOKRの手法を取り入れることに注目していると話します。
「弊社でも、組織マネジメントの手法は導入していますが、民間企業のマネジメントを教育現場に取り入れることで、学校がどう変わっていくのか。そのプロセスを見られるのは楽しみです。先生方がマネジメントで変わっていく姿が子どもたちにも伝わり、子どもたちも変わっていくのかなと。プロジェクトが生み出す効果に期待しています」
実際の取り組み
教育目標という山を それぞれの登り方で目指す
学校組織マネジメント刷新プロジェクトとして、本学附属小学校にて2023年4月より取り組んでいるのが「幸せビジョン」です。福田室長、本学附属小学校の盛一純平校長、同小研究部の森田健太郎教諭らが中心となり、プロノイア・グループのピョートル氏、星野氏のアドバイスを定期的に受けながら、OKRを実際の学校現場にどう落とし込むか、試行錯誤を重ねています。
本学附属小学校では、「『共に生きる力』を育む」――変化する未来社会を生き抜く力と、豊かな社会の形成者として人間愛あふれる資質の基礎を育む――という教育目標を掲げています。これまではその教育目標に対し、それぞれの教職員がどう取り組むかの指標が定められているわけではありませんでした。
プロジェクトの担当で同校研究部の森田教諭は、「幸せビジョン」の位置づけについて次のように話します。
「教育目標はあるものの、教職員が普段の教育活動の中でそこをどこまで意識しているのか。(教育活動が)一本でつながっていないような学校経営の在り方というのは、どこでもあるではないかなと思います。そこで、学校教育目標を最上位に掲げてやっていこうと。学校教育目標と、学級経営をつなぐハブの部分が『幸せビジョン』だと捉えています」
年度はじめの4月、盛一校長は、どの立場になっても同じ方向性をもたせるため、担任発表の前、学校の教育目標である「『共に生きる力』を育む」に対して、各教員がどのような思いがあるかを考える時間を設けました。 「『共に生きる力』という教育目標を山の一番上に掲げ、そこを目指していく。目指す場所は同じだけれども、登り方はそれぞれ自分で考えよう、途中で振り返りをしながら目指していこうという話をしました」(盛一校長)
学校では学級経営のほか行事や生徒指導などさまざまな場がありますが、まずは学級経営の中で取り入れることになりました。
「学校教育が最上位にあり、その下に(目標が)枝葉として分かれているのだというイメージを教員間で共有するところから始めました」
そう森田教諭は言います。
最上位の目標である学校教育目標の一つ下には、「幸せいっぱいかしわっ子」という児童会目標があります。それを各クラスで具現化するために大事なことは何か、学年間の教員で話し合っていきました。
「キーワードがたくさん出る中で、まず各学年での項目を3つ決め、その3つについて各学級で目標を立てました。さらにその目標を達成するための細かい目標を、ワークショップ形式の中で設定していきました」(森田教諭)
具体例をあげると、3・4年生(複式)では「幸せいっぱいかしわっ子」という児童会目標の下に「一人ひとりが自分らしく輝くクラス」という学年目標を置き、その目標を1年間で達成できるよう、「笑顔」「受容」「協力」という3つの柱を立てました。それらを具現化するための目標を立て、さらにそれぞれの具体的な取り組みを考えていきます。具体的な取り組みの内容は、到達度の状況に応じてアップデートしていくイメージです。
また、目標や取り組みの内容は教員だけが考えるのではなく、子どもたちも話し合います。教員だけではなく、子どもたちがどう捉えているか、という部分も重視しています。
学級目標を学年間で共有することで、それぞれの教員がほかのクラスの目標や取り組みを参考にしたり、自分のクラスでの教育活動に活かすことも可能になります。従来も教科経営計画書などでそれぞれの目標は立てていましたが、評価方法が曖昧であったり、学年内や学校内で共有される機会がないのが現状でした。
「以前は、担任は自分のクラスのことで精一杯だった。でも今は、『幸せビジョン』でほかのクラスの目標も見えるし、先生どうしが、今はどんな状況であるか話すこともできます。上位目標は同じなので、そこに向けて同じ文脈で話ができるのは大きいですね」(森田教諭)
プロジェクトの効果、今後へ向けて
深みのある意見が増えた 目標の「見える化」による効果も
同プロジェクトが4月にスタートして6カ月が過ぎました。企業などのように教職員の成果として数値的な結果が出るわけではないので効果が見えづらい部分がありますが、盛一校長はすでに教員たちの変化を感じると言います。
「会議や打ち合わせで、先生たちの意見が増えているのを実感しています。従来は、この場でこれを言っていいのかな、という雰囲気だったのが、研究発表や各種会議で、自信を持って発言する先生が増えた印象です。また小グループの場だけではなく、大人数の場でも、深みのある意見が増えてきているのを感じます」
教員たちが細分化した目標を持つことが、学級経営で活かされる場面も増えています。
「先生たちが、学級経営での目標を『見える化』することで、子どもたちに伝えることも明確になっていくと思います。先生によっては目標達成のためにシールを使ったり、工夫していますね。これまでは、この道で良いのかと先生たちが不安を感じていた部分もあると思いますが、『見える化』によって、納得感を持ちながら学級経営を進めていけるのではないかなと思います」(盛一校長)
学年間で話し合いながら取り組むことで、お互いの目指す学級経営への理解が深まっていく相乗効果も期待できそうです。
福田室長は「今年は学級経営に絞っているが、本来は、研究や行事、生徒指導など、すべての場で目標を『見える化』するのが理想」と話します。
「例えば、運動会は何のためにするのか。運動会を行うことが目的なのではなく、運動会を通して何を実現させたいのか。学校での活動すべてにおいて、教育目標に立ち返ろうと。ただ、いきなりすべての場に取り入れるのはなかなか難しい。なので、まずは学級経営から始めて、ゆくゆくはすべてのことへ波及していけばいいなと思います」(福田室長)
それでもすでに、学級経営のみならず、生徒指導の場で教員から新たな提案が出されるなど、主体的に教育活動に携わる教員も増えてきているといいます。ビジョンや概念を共有することの価値が少しずつ浸透しているようです。
ピョートル氏は、このプロジェクトを通して、教員たちが試行錯誤する姿こそが、子どもたちへの価値だと話します。
「これから先の答えのない時代、今学校で学ぶ子どもたちが社会に出たときに、どのような価値を求められるかわからない。だからこそ、今から試行錯誤することが大切。考えることをスキルとして身に着けておけば、世界の変化で必要不可欠な適応能力が身につくと思います。子どもたちは先生を見て学んでいきます。これまで、OKRを探究するプロセスで、先生たちの意見や考えが変化してきたのを感じます。試行錯誤をしながら、子どもに正解を教えるのではなく、問いを教えていくことが求められる。子どもたちが自分なりに答えを出すプロセスを作っていけると思います」
学校組織マネジメント刷新プロジェクトは今後も続きます。